洗脳原論
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著者:苫米地 英人 |
「心」をいつも攻撃されている現代人よ!
本書は、オウムとの闘いの経験から「心」の危険性と可能性を明らかにした私の原点であり、現代人の必読書を自負している。「心」を他者に操作されるか、みずから操作して新しい自分に生まれ変わるか、それはあなた次第なのだ。―苫米地英人(帯より)
著者の『洗脳支配』に引き続いて読んでみたものの、何となくの理解とそれなりの感想しか抱きませんでした。ブログを書くに当たって読み返しましたが、その印象はあまり変わりませんでした。
本書の構成は3部に分けられます。
1部では洗脳の仕組み・手法を紹介しています。「洗脳を行うときは、まず感覚や記憶を遮断して、もうろうとした意識状態にします。そして洗脳者が用意した「リアル」を刷り込みます。最後に、意識が覚醒したあとでも、あるきっかけを鍵にして行動を起こすように仕組みます。」
2部では著者が元オウム信者の脱洗脳を行った経験から、脱洗脳の方法を解説しています。「脱洗脳はコンピューターウイルス感染の除去と同じで、ウイルスを駆除すると共に、書き換えられたプログラムを修正することも必要です。」
「その際、たとえば教義の矛盾を指摘するために「カルマ」などの言葉を使うと、それが鍵となっている可能性があり、被験者が自殺するなどの行動を引き起こす危険性を伴います。」
「脱洗脳はコンピューターウイルス感染の除去と似ている」と著者が述べるように、ウイルス対策を回避するウイルスが現れるのを避けるためなのでしょうか、脱洗脳についてはあまり詳しく述べられていません。
第3部では、哲学の重要性を述べています。人が生きていくなかで情報をどのように受け取るか、それは哲学の領域です。すなわち誰もが哲学を持っているはずなのに、戦後の政教分離政策によって宗教から疎遠になり、引いては哲学からも目を逸らしていると指摘しています。
それゆえ、身内に不幸があったりして意識が揺らいでいるとき、哲学無く宗教にのめり込んでしまう危険性があります。場合によっては、自ら洗脳されることを望んでしまう。
一概に否定することはできませんが、「怪しい宗教」がはびこる現在においては、自らの哲学無しに生きていくのは危険だと言わざるを得ないと思います。
本書によって、洗脳・脱洗脳のすべてが理解できるわけではありませんが、垣間見ることはできました。帯にあるように「知識」として持っておくことは悪くないと思います。
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コメント
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投稿: みんな の プロフィール | 2008年9月17日 (水) 08時07分